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スターの条件、それは“実力”と“容姿”と“愛嬌”。名棋士列伝・米長邦雄永世棋聖

エンジョイ将棋道場

みなさんこんにちは!

大阪市・越谷市のウェブ制作会社エンジョイワークスです。

 

 

 

将棋ファン界はあいも変わらず、

藤井聡太さんの最年少タイトル獲得に浮足だっておりますが、

私はふと「あの御方がご存命ならなんと話されただろうか」と思ったんです。

棋聖のタイトルを5連覇し“永世棋聖”の称号をもつ、

故・米長邦雄さんをご紹介します。

 

 

 

 

 

「自分は頭が良いから将棋指しになった。」

 

 

若かりし頃の米長邦雄永世棋聖。このルックスで将棋も強ければモテるのは必然

 

 

米長邦雄永世棋聖は、1943年に山梨県で生まれました。

 

 

「兄達は頭が悪いから東大へ行った。自分は頭が良いから将棋指しになった。」

 

 

このセリフがご本人のものなのかどうかは真偽不明だそうですが、

先生ならさもおっしゃりそうな言い草なので有名な一節です。

 

 

「米長玉」「米長哲学」といったキーワードとともに人気トップ棋士として活躍し、

1984年に史上3人目の四冠を達成。

端正なルックスと歯に衣着せぬ言動、女性関係にもオープンなキャラクター性

お茶の間にも名前が知れ渡りました。

※ウィキペディアにわざわざ「お色気」という項目が設けられているほど。

 

 

勝負師としての米長邦雄永世棋聖を伝えるドキュメンタリー。このテーマ音楽聞こえてきただけで涙腺ヤバい

 

 

 

60歳になるまで現役を続けたのち、

引退後は日本将棋連盟の会長としてプロ将棋界を引っ張りました。

柔軟かつ先進的な発想でコンピューター将棋との対抗戦イベントを実施するなど、

棋界の方向性を大きく変えた功績があります。

 

 

 

米長邦雄さんの破天荒ぶりがよくわかる役員一覧画像

 

 

 

 

 

 

メディア慣れした立ち居振る舞いで人気者であり続けた永世棋聖。

 

と、ここまで真面目に米長邦雄永世棋聖をご紹介しましたが、

せっかくですから米長先生ならではの闊達なおしゃべりを堪能していただきましょう。

 

将棋棋士でお話好きといえば“ひふみん”こと加藤一二三九段が有名です。

しかし、加藤先生に真正面から対抗できる方がいるとしたら、それは米長先生にほかなりません。

棋界の頂上夫婦漫才とも呼び声が高い、NHK杯でのダブル解説動画をお楽しみください。

 

 

「ボケが神ならツッコミも神、観客まで神」という天上漫才。ぜひフルでお楽しみください。

 

 

 

もちろん、勝負師としての顔も失うことはありませんでした。

2012年、将棋ソフト「ボンクラーズ」の挑戦を受けた際に

コンピューターの読みを外す鬼手「後手6二玉」で途中まで優勢を築いたことで

将棋ファンの心にアツい何かが刻み込まれました。

 

 

 

本作は第24回将棋ペンクラブ大賞(文芸部門)を受賞。 

 

 

 

 

 

 

最期まで将棋の未来を見据え続けた会長の姿。

 

名棋士であるとともに、名会長でもあり続けた米長邦雄永世棋聖は、

2012年12月18日に永眠されました。

69歳といえば、私の父親とそう変わらない年齢です。

できることなら藤井聡太棋聖との絡みが見たかったところですが、

将棋も人生もタラ・レバを語っていられるほど悠長なものではないことも、また事実。

 

 

逝去前の最後のビデオで、永世棋聖はプロ棋士たちに対し

「おい!みんな頑張れよ。」という言葉を遺されました。

どこまでも前向きに、生涯をまっとうなさった偉大なる先生のことを、

一将棋ファンの私も忘れずにいたいと思います。