BLOG

ブログ

『ムーたち』と、ときどきクリシュナムルティ。

EWマンガ朝話

みなさんこんにちは!

大阪市・越谷市のウェブ制作会社エンジョイワークスです。

 

 

けっこう前のことになるのですが、

社内のデザイナーM先輩がとある漫画をすすめてくださり、

全2巻を貸してくださったことがありました。

 

お借りした当時は「なんかヘンテコな漫画だなー」くらいの感想でしたが、

時が経つにつれてジワジワと存在感が増してゆき、

けっきょく電子版を購入してしまいました。

 

榎本俊二さんの『ムーたち』という作品です。

 

 

 

 

『ムーたち』とは。

 

 

作中では、ある核家族が中心的に描かれます。

お父さん、お母さん、息子。

この3人の何気ない日常がヌルヌルと続いていくわけですが、

とにかく変梃で、偏屈で、哲学的なのです。

身の回りで起こるあらゆる事象に理屈をつけて、

世界の謎を解明していくお話です(本当か?)。

 

 

『ムーたち』にはさまざまな謎概念が登場します。

なかでも私が注目を置いているのは「セカンド自分」です。

これは1巻のmoo.33に初登場するもので、

「自分をみつめるもう一人の自分」です。

作画上は自分の後頭部の上あたりにもうひとつの顔が現れ、

自分自身の立ち居振る舞いを観察しています。

最近巷で流行っているような気がする「メタ認知」というやつと、

だいぶ近いかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

「“私”とは何か」を問い続けた、あるインド人思想家との関連性。

 

この話を読んでいて、私はとある思想家のことを思い出しました。

インド出身で、20世紀を駆け抜けたジッドゥ・クリシュナムルティです。

 

 

 

Jiddu Krishnamurti (1895-1986)

 

 

日本ではあまり認知度が高くないかもしれませんが、

深淵な洞察力にもとづいた言葉の数々は人間の生きる指針を示すものとして

高い評価を得ています。

 

そのクリシュナムルティがよく語るものとして、

『「自分」とは思考の産物にすぎない』という主張があります。

 

“今、私たちが「自分」だと思っている人格・魂のようなものは、

とどのつまり私たちが生まれてから今日に至るまで積み重ねてきた

知識や経験、バックグラウンドなどをもとにつくり出された概念であり、

けっして自明のものではない。

私たちは普段色々なことに思い悩みがちだが、そうした苦悩も思考のエラーである。

ということを理解し、自意識のさらに外側から観察する視点を獲得すれば、

心の平穏は自ずと訪れるのだ。”

 

そのようなことを彼は繰り返し唱えていたのです。

 

 

 

 

 

「わたし」は本当に「あなた」ですか?

 

 

『ムーたち』で描かれる数々のメタいギャグは、

けっして無下にできるものではありません。

思考や常識に縛られず、一歩ひいたところから状況を見つめ直し、

自意識を包括する視座を獲得すること。

 

 

それはもしかすると、今あなたがもっている悩みを

フッとかき消してくれる力を発揮してくれるかもしれません。

 

 

 

ゴッド・ブレス・ユー