いつもは通過する駅のはずだが、その日、僕はふとプラットホームに降りてしまった。
『ウェブ制作は大阪府大阪市・埼玉県越谷市のエンジョイワークスへ!』
と文字がおどる構内広告の向こうに広がる景色へ目をやる。
山間部分を切り拓いてできたことがよくわかる、緑に包まれた新興住宅街。
その斜面のほうに1軒、ぽつりと建つ屋敷が気になっていたからだ。
色あせたような、それでいて鮮やかさのある薄いエメラルド色に塗られた木造で、
3階建てくらいの高さがあり、平たい盆地状の町を見下ろすその建物は、
ひどく僕の好奇心をかき立てた。
それほど急ではないが、なにせ数がおおい坂をあがりつづけ、すこし息があがった頃、
僕はその屋敷の前にたどり着いていた。
『我楽朽多堂』
目を近づけてようやく読み取れる看板は、もういつのものなのか見当がつかない。
アンティークなガラス窓ごしに、
なにやら見慣れない雑貨のようなものが陳列されているらしいことはわかる。
「そうか、ここは骨董品のお店だったのか」
特に営業時間や定休日を示す表示はなく、なかに灯りがついているのかすらわからないが、
せっかくここまで来たからには…と思い、僕は真鍮でできた金色
(といってもだいぶくすんでいるが)のドアノブをまわし、戸を開けた_
おやめずらしい、いらっしゃいませ。
こんなところまで来るお客さまは、今月はあなたが初めてですよ。
今年に入ってからは、え~…5人目くらいですかな。
申し遅れました、私この「我楽朽多(がらくた)堂」の店主でございます。
ここでは私の道楽で、時代の流れに取り残された品々を保管し、
モノ好きなお客さまにお譲りするという商売をしておりまして。
そころでその眼鏡とシュッとされた身なり、さてはあなたコンピュータ関係のお仕事にお就きで?
…やはり!であれば早速ですが、先日イタリア帰りの小説家の方から承った
コンピュータがございますので、よかったら触ってみませんか?
モノは試しに、ささ、どうぞ。
Olivetti ECHOS 44 Color
Olivetti(オリベッティ)とは、フィアットとならびイタリアを代表すると言われる
歴史的な会社で、もとはタイプライターの製造・販売会社として創業されました。
タイプライターからワープロ、そしてその延長線上であるノートパソコンを手がけることは
必然的とも言えますが、なかでもこのECHOS 44 Color(1994年)はイタリアデザインと
機能性が高度に結実した名機として今もなお語り継がれています。
なかでも特徴的なのは全身をおおう鮮やかな真紅の筺体と、
手前中央に配置された大きなトラックボール。
MacBookが登場するはるか昔、地中海の向こう側ではこんな逸品が誕生していたのです。
_ということだそうですが、いかんせん私は老眼なもので、
コンピュータのことにはめっきり暗いもんですんで、よかったらいかがです?
なぁにあなたさまならきっと使いこなせますよ、きっと。