小津安二郎青春館 に行ってきた

いろいろ

こんにちは!エンジョイワークスです。

好きな監督は誰ですか?と聞かれたら、大森立嗣か小津安二郎と

答える私にとって、いつか訪れたいと思っていた聖地・

『小津安二郎青春館』に行ってきました。

 

小津安二郎青春館は三重県松阪市にあります。

小津安二郎は、9歳から19歳までの約10年間を三重県の松阪・飯高で

過ごしており、その当時通っていた神楽座という映画館で校則を破って

何度も映画を観た経験が、後に彼が偉大な映画監督になるきっかけと

なっています(残念ながら、この神楽座は1951年の松阪大火により

全焼してしまいました)。

そんな小津安二郎の生誕100年を記念して、小津家の跡地の

一角に建てられたのが小津安二郎青春館です。

 

館内は写真撮影禁止ですが、外観はOKだったので掲載します。

昔の映画館(先述した神楽座)をイメージしており、松阪市で唯一手書きの看板を

描いている中西さん(78才)という方のペンキ塗りの看板がかかっています。

これまでに3回看板の入れ替えが行われ、現在のものは4代目になります。

映画公開年度が早い順にご紹介していきます。

 

『父ありき』

1937年に小津が出征前に書いた脚本を改作したもので、1942年

(日米開戦から4か月後)に封切られました。戦争まっただ中で、

戦時色が強い為、戦後に多くのシーンがカットされました。

 

 

『晩春』

1949年のキネマ旬報ベストテンの日本映画部門で1位に輝いた作品。

父役に笠智衆。娘役に原節子。

娘の結婚をめぐるホームドラマで、父と娘の別れが描かれています。

 

 

 

『麦秋』

1951年公開。

麦秋とは、麦の収穫期で季節的には初夏に当たる時期を指します。

『晩春』、『麦秋』、『東京物語』は、原節子が「紀子」という役名なので

紀子3部作と呼ばれています。

この作品では笠智衆と原節子は兄妹です。

 

 

 

『東京物語』

1953年公開。

この作品では原節子は笠智衆の実の娘ではなく、義理の娘(戦死した次男の妻)

という設定です。

『みんな元気』や『東京家族』など、たくさんのオマージュ作品が作られています。

 

 

 

『秋刀魚の味』

 

1962年公開。

小津監督の遺作です。

笠智衆と岩下志麻が親子役です。

晩春や麦秋同様、ざっくり言うと嫁に行く話です。

 

看板を堪能したら中へ。

お父さんに買い与えられた絵本の実物が展示してあり、

そーっとなら触ってOKでした。感動で震えました。

絵本のタイトルが『名将 真田幸村』とか超シビレるのが

いろいろありました。同行した人がもうちょっと私と同じくらい興味持って

くれてたら、この絵本全部ゆっくり見たかったなぁ。

 

他にも小津少年が描いた絵(超うまい)とか、作文も展示されていました。

お母さんへの直筆の手紙もありました。「お父さんが全然便りを

寄越さないけど、元気にしているんでしょうか?僕は勉強も

運動も頑張ってますよ。」といった主旨のことが書いてあって、

表面の文章の一番最後に、「裏をごらん」の文字。

裏側には「勉強を頑張っている自分」の絵と、

「スポーツを頑張っている自分」の絵。かわいい。

 

他にもいろいろ、小津ファンにとってはとても興味深い展示が

数々ありました。

 

 

ちなみに

 

小津安二郎青春館に行く前に、小津安二郎も好きだったと言われている

かめやというお店で網焼き丼を食べました。3600円也。

おいしいに決まっています。

 

 

 

 

 


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